

まるで格闘家のような大男がデイルームに

デイルームをのそりのそりと歩いていく、見上げるような背格好の男性がいた。
背が高く、肩幅も広く、まるでプロレスラーのようだった。
話しかけると、アリマさん(仮名)と名乗った。
ぼそりぼそりと喋り、無口で自分からはしゃべらない、そんな大人しげな人だった。
ぼくの背丈は180センチと少し、若干ではあるが平均より少し高いほうなのだが、その目の高さのあたりに彼の肩がある。
彼は背が、頭一つぶんよりも高かった。大男と言われるような体つきだった。
背があまりに高い人によくある特徴で、彼はいつも前かがみで猫背だった。
申し訳なさそうにかがんでいる肩が、ちょうどぼくの目の高さだ。
背筋を伸ばしてしゃんと立つと2メートル近くあるだろう。
肩幅も広く、脂はない。

こんな大柄な人が暴れる精神病患者だとすれば大変なことだ。
男性の看護師は柔道をやっているが、2~3人とびかかっても取り押さえられないだろう。
しかし彼はおとなしかった。人と喋るのを見たことが無い。
のそのそとゆっくり歩く姿は、まるでプロレスラーか格闘家だ。
他の患者は彼がおっかないのか、話しかけているのを見たことがない。
首に包帯を巻いているのはなぜ

そんな彼の顔を見上げると、首にぐるぐると包帯がまいてあった。
よくむち打ち症の人にかぶせてあるクッションではなく、明らかに外傷を手当てしたと思われる包帯だ。
何かケガをしたのか。ケンカか、事件でも起こしたのだろうか。
首に怪我を負わせたという事は、ナイフなどの刃物か?
こんな大男とケンカするヤツは勇気があるな、と思った。
うつ病の限界だったのか、大男が頸動脈をバッサリ切る

数日後、包帯は取られていた。
包帯が巻いてあった場所、首の左側の鎖骨かれアゴの下まで、頸動脈にそって20センチほどの生傷があった。
「首をかき切った」ように、首筋にナナメに傷跡がある。
たった今、傷が塞がったといわんばかりの幅1.5センチほどの傷跡が赤く残っていて、生々しい。
彼が生きている、ということは傷は頸動脈まで達していなかったということだ。
もうほんの少し深く切っていたら、部屋中に鮮血が飛び散っていただろう。
彼はここにはいなかったであろう。
よくぞ死ななかった・・・・・・
彼は、うつ病だと自分で言った。
だからしゃべらないのか。
「自分でやった」のだ、と、彼は遠くを見つめながらつぶやいた。
うつ病の限界、本気で自傷する

彼は自傷、しかも傷口からすると、本気で頸動脈をかききって死ぬ気だったようだ。
よくまあ死ななかったことだ。
うつ病の限界で、自傷行為があるため入院させられたようだ。
身体は人より大きいのに心は人より弱い。
すこし可哀そうになった・・・・・・