アルコール依存症は辛い。公衆電話から娘へ電話するも・・・(1-20)

娘 アルコール依存症・精神病院入院体験談

精神病院の閉鎖病棟では日付がわからなくなる

今日は入院何日目なのだろうか。

何月何日なのだろうか。

長い間、精神病院の閉鎖病棟で過ごしていると、日付がまったくわからなくなる。

まいにち毎日同じことの繰り返し。

曜日すらわからなくなってくる。

デイルームの壁に作業療法で作ったと思われる大きなカレンダーが貼ってあるが、カレンダーを見ても今日が何日なのか、何曜日なのかがわからなくなる

閉鎖病棟のカレンダー
フリーフォト写真ACより引用

朝の9時に朝礼が行われるのだが、その際、看護師がはっきりと

看護師
看護師

おはようございます! 今日は9月2日土曜日です!

と、大声で日付と曜日を言ってくれる。

ふく
ふく

ああ、土曜日か。今日は吉本新喜劇があるなぁ・・・・・・

と理解するのである。

閉鎖病棟ではバラエティ番組は重要だ。

暗く重い空気を唯一和らげてくれるのがお笑い番組だ。

ここでは多数決でテレビ番組を決めたりするのだが、お笑い番組はたいてい賛成多数となる。

いやなのが水戸黄門、大相撲、広島なのでカープで、これらは年寄りがどうしても見たがる。

大勢の年寄りが見たがるので、譲るしかない。

家族が恋しい。

入院してすいぶんも経った気がする。

家族が、特に娘たちが恋しくなってていた。

娘たちの声が聞きたい

ふく
ふく

電話をしたほうがいいか、しないほうがよいか。

先日、ボストンバッグに入院セットを持ってきた嫁さんのあの態度。

話をすれば、離婚話になるかもしれない。

それだけはどうしても避けなければならない。

しかし、前に入院したときのように、外泊は許してもらえないだろう。

もうすぐ離婚なのだから。

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アル中父さんのワガママ、娘の声を聞きたい

娘たち
ふく
ふく

少しだけで良い、一言だけで良い。
娘の声が聞きたい・・・・・・

電話をしてみた。

瀬野川病院の閉鎖病棟では携帯電話は持ち込めない

電話といえば、世間ではもう絶滅しかかっている緑色の公衆電話を使わなければならない。

閉鎖病棟の公衆電話
フリーフォト写真ACより引用

しかも売店で「テレフォンカード」なるものを買わないといけない。

妻にテレフォンカードを送ってくるように頼んだことがあるが、もうその辺には売っていなかった。

今や、ラインやフェイスブックやツイッターで世界とリアルタイムで通信できる世の中になったというのに。

いまだに「テレフォンカード」を使わなければならない。

とういうか、それは存在していたのである。

世の中では次々と撤廃されている公衆電話が、デイルームに設置されていた。

以前の入院した時に使っていた、残高がまだ残っているテレフォンカード。

それが荷物の中にWAONカードと共に入れてあった。

こんなものを、また使うことになるとは。

木製の電話ボックスに設置してある公衆電話の受話器を取り、その「テレフォンカード」を銀色のカード投入口につっ込んだ。

電話してみた。

08252・・・・・・我が家のダイヤルを押した。

義母が出た。

無表情な声で妻に代わる、言った。

向こうは妻に代わった。

嫁

なんか用

それはぼくの胸に突き刺すような、冷めた声だった。

ふく
ふく

別に、特にない。娘たちの声が聞きたいから

嫁

ふうん、そう

さらに、胸を裂き切るような声が、受話器から響いた。

娘の声が聞きたかっただけなのに、ぼくの胸は張り叫び、もう聞く気になれなかった。

娘

ガシャン、と乱暴に受話器を置いた。

・・・・・・もう、二度と電話はしない。

そう思った。

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娘たちに手紙を書こう

ぼくは今後、いったいどうなるのか。

うつが酷くなり、死ぬかもしれない。

生きる価値を見いだせない

娘たちに、「父親がちゃんといた」という証拠を残したい。

ふく
ふく

そうだ、手紙を書こう!

ぼくはボストンバッグから、筆記用具を取り出した。

娘たちへ手紙を書く
フリー素材ぱくたそより引用

娘たちへ。大きくなったら読んでください

と見出しを書いた。

それが、この「精神病院・入院体験談」の元になった手紙である。

アルコール依存症は辛い。公衆電話から娘へ電話するも まとめ

●アルコール依存症は辛い。公衆電話から娘へ電話するも・・・(1-20) まとめ

・妻はまだアルコール依存症の再飲酒の度に激怒し、入院する度に憤慨していました。

・今でこそ「再飲酒は病気が原因である」ということを理解していますし、断酒している期間が長くなってきましたが、当時はまだまだどちらも知識が足らず、ぼくも妻も入院する度に大ごとになっていました。

・今や娘たちは高校生、中学生と大きくなりましたが、当時は小学生や幼稚園。愛らしいので娘と離れ離れになるのがとても辛かった覚えがあります。

・外界との連絡手段は公衆電話しかなく、携帯電話にかけるとテレフォンカードがすぐなくなって困りました。売店で購入すると小遣いがすぐなくなるため、送ってくるように言ったのですが、「遠い生協にしか売ってない」と。当たり前ですね。売れない物は店に置かないので。